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‘03 12 31(大晦日) 雨 柳生街道

大晦日 雨の柳生を ひた走る

世間様が、未だ やれ大掃除、餅つき、おせちだと、奔走されている大晦日の早朝。曇り空を押して、家を出る。後ろめたくない、といえば嘘になるが ザックは肩に食い込むのに、身は飛ぶように軽い。そう、今日は、待ちに待った、久方ぶりの山行なのだ。

それが、事もあろうに、JR奈良駅からバスに乗り換え、柳生に到着する頃には、パラパラだった雨が、とうとう本降りとなり、不運にも、意を決しての「雨の街道を行く」となってしまった二人。いったいどちらが雨を呼んだんだ。と相変わらずのなじり合い。でも、どっこい、チーは白髪岳以来、雨の山行はぜーん然、平気なのだよ。(たぶん)

とにかく、地図もコンビニ弁当も、二人にGOサインなのだから、行かざるを得ない、と、かの中井貴一扮した柳生宗矩が父、柳生石舟斎供養のために建立した「芳徳禅寺」を皮切りに柳生散策へと繰り出した。「正木坂道場」脇から山道に入り、これさえ見れば、の「一刀石」はすんなり見つかったものの、その前で、思わず絶句。ほんまに、こんな巨岩を、石舟斎さんは、天狗との戦いのさなかに切り裂いたのか?と、 これまた好演だった藤田まことの顔を、思い浮かべる。

そろそろ足元の悪くなりはじめた坂を下って、「正木坂道場」まで引き戻り、この先、雨露をしのぐ軒など、おそらくないだろうと、観念の弁当をいち早く広げて、ペロリとたいらげ、「さぁーて、これでお楽しみも終わった」と、残るは、奈良に向かってひたすら歩くのみだった

寝仏、六体地蔵、疱瘡地蔵と、柳生ならではの石仏も、傘から滴り落ちる雨粒にカメラを出す余裕すらなく、宗矩さんと奥方の出会いの場「おふじの井戸」近くの寺で、やっとやっとの小休止。それも、寺番をしていた黒犬に追い立てられて、そそくさとミコシを上げる。

柳生街道は、さすがに、東海自然歩道だけあって、歩きやすく整備された道が続く。でも、途中で民家の裏庭を、気兼ねしながらすり抜ける所もあったりして「夜支布山口神社」を(やぎゅうやまぐち)と、読むのか。へぇと、思った以外は、なんとも退屈な街道だった。これも日ごろの不信心の表れであろう。ここまで来て「私は、ピークのない平坦な山行が苦手だったのだわ」と、気付くあたりが、いかにもチーらしい。

で、ようようの「円成寺」到着3時。その昔、友人たちと、奈良からここまで歩いて来て、バスで戻った記憶を彷彿させる。魔法瓶のぬるくなった湯を紙コップに分け、ささやかなコーヒーブレイク。味噌せんべいが湿気ていないのが、不思議なくらいの雨天だった。

「さーて、46分のバスで奈良に戻りますか?」「・・」返事がない。
「ここまでどのくらい歩いたの?」「9キロ」
「で、後、何キロあるの?」「12キロ」歩行時間だけでも、2時間半と書いてあった。

実は、今日の予定は、奈良到着だけではなかった。遅くとも5時半、奈良駅前発のホテルシャトルバスを捕まえて、ホテルに向かう約束を、田舎のお母さんと交わしてある。しかも、ガイド本にある「ここ」からの2時間半とは、「破石町バス停」までのことで、そこからさらに奈良駅までは、路線バスか、最悪でも、タクシーに乗らねば、間に合わない。最悪の場合奈良駅からホテルまでも電車と徒歩を使い、自力でホテルに辿り着くことになる。

「ふーん。そうか・・・では、歩きますかぁ」最後の方は、ため息になるミツ。結婚20年近くにもなると、二人の間では、これ以外の行程は実践不可だ、ということになっているわけだ。

チーはチーで、思いがけない夫のサービスに耳を疑いつつ、それも気の変わらぬうちにと、そそくさとリュックを担ぐ。しかしながら、「孝行の板ばさみ」で、本当に男はつらいよなぁ。ミツ君。

「途中、休めるのは、せいぜい5分くらいやで」なんて脅しには屈しない。
足早に車道を横切り、再び自然歩道と合流する。そこから先は、幸運にも舗装された道が続き、ぬかるみに気を取られずに、どんどんとコマを進めた。それが幾分下り坂になると、はずみがついて、抜きつ抜かれつの攻防戦。きれいに刈り込まれた茶畑、背後の森が、霧に包まれて神秘的な景色だ。

ようようの「峠の茶屋」には、またまた、お犬様がおわしまして、待望の5分休憩も不可。「どうせ茶店は閉まっているし」とやせ我慢しながら、もしや、これほどまでお犬様が登場めされるのは、来るべき申年を怨んでのことではないか、と思ったほどだった。 

峠越えしたあたりから、道はどんどん、暗く心細くなり始め、それは、紛れもなく日暮れが間じかに迫っている事を、証明していた。

ペンライトなら常備しているけれど、出している間に歩を進められると、ひたすら我慢の下り坂。かろうじて黒光りして見える濡れた石畳を、手探りで下るほど、あたりは刻々と暮れていった。ズルッズルッ。背後で靴を滑らせる音が響いている。「きっとミツは、バスに乗らなかった事を大後悔してるだろう」と、チーは振り返るのもはばかられて、ますます歩を速めた。

こんな雨の夕闇迫る大晦日に、柳生街道を歩いている人など、2人を置いて誰もいない。うっそうとした山道も、そろそろ架橋に入ったらしく、「○○石仏群」との札がかかった抜け道、回り道が随所に誘う。それをいちいち確認していたのでは、間違いなく真っ暗闇になってしまうので、ほぼヤマカンで最短距離を選んでいくと、周囲には、苔むした倒木が無造作に転がり、一人では薄気味悪くて、到底歩けぬわ。

と、突然!あたりがパッと開けて、首の切れ込んだ「首切り地蔵」がヌゥッと現れた。「おぉ!これはこれは。たしか、あの時はここで小休止して、写真を撮ったんだわ」と、昔の記憶をたぐり寄せる。

ちょっと、水を一口飲もう。と、荷を下ろしついでに腕時計を覗く

「4時20分。あれ? 円成寺から1時間10分しか経っていないやん」
「ひょっとして、シャトルバスに間に合うかもしれんで。」
 「!」

それから先は、闇にかろうじて浮かび上がった「朝日観音さま」御前で一寸立ち止まった以外は、たとえ、後ろがズルッとなろうが、膝がガクガクしようが、とにもかくにも一心不乱に駈けた。道はますます滑りやすくなったが、滑ればそれだけ距離が稼げるとさえ、思うほどの馬力だった。破石町バス停5時9分。

「アッ 今、バス行った。」
「いや、3分後にも来る。」

「ひょっとすると、奇跡がおこるかも知れん」と、心一つに拝む。

やがて二人は、シャトルバスの席にどっかと腰を下ろして、フィナーレに向かって凱旋気分でホテルへと突進した

ロビー到着5時38分!

だが、そこにはソファーに身をうずめたまま、2時間前から固まっているお母さんが。

「遅かったねぇ。もう、帰ろうかと思ったわ」
「アレぇー」
久しぶりに味わう、今年最後の先制パンチ。
(5時半のバスで来るって、言ってあったのにィィ・・・)

そこから先は、もう何がどうなったのか、あんまり記憶にない。

ガウン備え付の大浴場の湯船にドボンで、筋肉痛が吹っ飛んだ事も、吟味された食材と、控え目な味付けの会席料理に、お母さんの機嫌が、みるみる直った事も、最高に盛り上がらぬ「紅白」を、消化不良の腹痛を堪えつつ、ぼぉーっと眺めていたことも。

みごとに晴れ上がった元旦の朝。 膝の弱いお母さんと一緒に「春日大社」に初詣でる。 奈良漬を土産に、駅でようようのお見送り

まるで、厄払いするかのように転地した「大和八木」駅前が、予想を上回って閑散としていて、コンビニ以外では、食料調達するすべがなかった事さえ、終わってしまえば、すべて幻のごとく。これが、初夢でない事を、とにかく祈るよ。

めでたしめでたし。

貧富の差?

絢爛豪華な、大晦日
ホテルの懐石料理

和洋折衷
ホテル朝食バイキング
雑煮の餅は、後できな粉餅に
大和八木のビジネスホテル
コンビニのオムライスを
悔しいので、絶賛してやる