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6/19(土) 晴れ 石切山



それは、いつの頃からだったろう。、散歩の途中に、ふと、路地を曲がった先や、電車からの景色になにげなく目をやった時に、視界に飛び込んできた山容を、意識するようになったのは。
山仲間のAは、3階建ての最上階に寝起きしていて
「朝、目がさめると、六甲最高峰が見えてるんやで。」
と言っている。
「冗談じゃない。」
と、密かに思う。
そうでなくても、ここしばらくは暑くて外へ出るのさえ億劫なのに、寝覚めの悪い朝っぱらから、六甲山に、おいでおいでと、手招きなんぞされたんじゃ、まるで、家族にせびられる「週末のお父さん」よろしく、針のムシロじゃないか。 
と、思う。
確かに、チーの住んでいる尼崎には、山がない。
だから、我が家近くの路地からでも「六甲山」は、ひときわ目立つ存在として、君臨している。
そう思ってあらためて意識して眺めると、チー自身も、散歩途上のいたるところから「六甲最高峰」が発見できて、ドキッとすることがある。しかも、黒々とした日、霞んだ日、染まった日など、時によって六甲は表情を変える。
いつしか、「六甲山のご機嫌を伺う」のが、チーの日課となっていた。

 伊丹の高級マンションの上階に、越してきた有閑マダムからご招待を受けて 「お宅拝見」に出向いた折、チーはそのマンションのベランダから遠望できる独立した小山に遭遇し、あっという間にくぎ付けになった。
マダムご自慢のお宅を差し置き、山の話に興じるのは、いささか失礼ではあったが、
高々300mほどの低山ながら、連山のくびれに楚々とたたずむその山容は、あまりに優美で可憐。
まさしくこれぞ、一目ぼれだった。

あれは、おそらく、宝塚方面だろう、と、寝室借景のAを誘って、中山から大峰山を縦走し、長尾山あたりに目星をつけ徘徊したこともあったが、どう見ても方向違いの見当違い、と、敗退気分で帰宅。
それ以来、ますます小山への想いをつのらせる事となる。
再検討を重ねるに、どう考えても小山は川西に連なる宝塚の外れと、思われる。
さっそく山のHPを検索し、地図を用意し、取り付きを入念にチェックして、準備万端。
 
そして、その日はついに、やってきた。
台風の接近で危ぶむ天気予報と、それを見事に裏切る蒸し風呂状態の炎天下と戦いつつ、
「そんな抵抗勢力に屈してなるものか」
と、「歌の会」の疲れを引きづったまま、ミツにアッシーを頼んでの、止むに止まれぬ単独行。

 それにしても、低山ほど、枝道が多く、表示が少ないのには、ほとほと困ったものである。
今さら告白することでもないが、土地勘、地理勘にも、疎い。うんざりするほど。
おかげで、高々「満願寺」まで行き着くのに、3人もの人に道を尋ねてしまうことになる。
 その先にやっと現れた真新しい「老人ホーム」も 「右手に見える」はずが、左手になったり、真中を突っ切る形になったり・・と
しばし、永遠と続くかのように思えるアスファルト道の照り返しを、巡業者のようにさまよって
「まさに恋とは、かように苦しいものなのか」
とひとりごちた。

 思い余って、「老人ホーム」のグランドでゲートボールに興じておられる面々を
「すいませーん」
と集めてしまう。
爺さま、婆さま四人うちそろって、あぁだ、こうだと、文殊の知恵。
エライ人達に相談したものだと、反省し始めた頃になって、ようやく、おもむろに口を開いた婆さまが
「どっちから来られたのか? その山以外に目印は?」
と、冷静沈着な分析をされる。
「そういえば、ウラの公園の奥から伸びている小道が、確か、ある。」
と、結論。
さらに、チーの目をぐっとにらんでは
「気をつけて行きなはれ。前に行ったことがあるけど、こわいとこやったから。」
と、だめ押し。
まったく、老人ホームなんぞに置いておくのは勿体無いほどの婆さまだ。
と、その利発で、かくしゃくとした様に痛み入りつつ、
予定以上にてこずって、すでに高くなった太陽の下、かなりの急登を、ムンムンする熱気を喘ぎながら突き進む。
多少、手遅れ観のある「石切山→」の表示を、やっと見つけて、それに励まされつつゴールイン。

果たして期待の山頂は・・・北摂方面にしか展望の利かぬネコの額ほどの広場だった。
聞き耳を立てると、何やら奇妙な羽音がしている。
婆さまの言われていた、これが、例の「怖いもの」なのか。
いや、それはどうやら旗の音。
見上げれば頭上で、はためいている。
と、ホッと我に帰って、初めて汗を拭いながら、少し下った先が
「おぉ!」
なんと、いきなりの展望所。南北に伸びる猪名川河川敷、空港、伊丹、尼崎の市街、それをズズーッと一望できる、別天地だった。
あの河原で、ビルの上で、車窓から、ずっと、この山を見ていた。
言葉なく、しばし、感慨にふける。
彼方には、うっすらと生駒山系もかすんで見える。
大阪のいびつなビル街、異様に光るドームの屋根。
そして何よりも滑走路から時折飛び立つ豆粒ほどの航空機を眺めていると、まるで自分がリモコンを操縦しているかの様な気になって、時を喪失する。

折から、逆コースを登って現れた二人連れに
「これが伊丹から遠望できる容姿端麗な、山ですよね。」
と、問いただす。
少々、尋ね方がヒステリックだったかもしれない。
おじさんは、
「自分らは能勢電方面から来たので、別方向からしか知らず、山容の確証はない。」
と前置きしつつも、手際よく地図を広げて、
「おそらく、南方から見る山ならば、この『石切山』こそが、お探しの山であろう。」
と、結論付けて下さる。

ついに、念願達成。
これで、あこがれの山を、あこがれの世界だけに留めることもなくなった。
山の側に立って、今まで眺めていた自分の世界を、眺め返すこともできるようになったのだ。
喩えようのない思いに満たされて、しばしの時を過ごす。